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絶望書店主人推薦本
『冤罪と人類 道徳感情はなぜ人を誤らせるのか』
『冤罪と人類 道徳感情はなぜ人を誤らせるのか』

冤罪、殺人、戦争、テロ、大恐慌。
すべての悲劇の原因は、人間の正しい心だった!
我が身を捨て、無実の少年を死刑から救おうとした刑事。
彼の遺した一冊の書から、人間の本質へ迫る迷宮に迷い込む!
執筆八年!『戦前の少年犯罪』著者が挑む、21世紀の道徳感情論!
戦時に起こった史上最悪の少年犯罪<浜松九人連続殺人事件>。
解決した名刑事が戦後に犯す<二俣事件>など冤罪の数々。
事件に挑戦する日本初のプロファイラー。
内務省と司法省の暗躍がいま初めて暴かれる!
世界のすべてと人の心、さらには昭和史の裏面をも抉るミステリ・ノンフィクション!

※宮崎哲弥氏が本書について熱く語っています。こちらでお聴きください。



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2002/10/18  青春を返せ

 チャンネルNECOで昭和38年の映画『青春を返せ』をやってたのでなんとなく観る。
 町工場で働く長門裕之が無実の罪で逮捕され自白を強要されて死刑判決を受ける。芦川いづみは人殺しの妹ということで世間の冷たい風に晒される。年老いた母親は悲観して自殺する。
 なんせこのタイトルで暗い白黒の画面なんで、てっきり冤罪事件を告発する社会派ものとばかり想っていました。長門裕之や芦川いづみなんてかつての青春スターも30近くなるとこんなのに出たがるんだよねえ、日本映画ってやっぱりやーねやーねとぼーっと観ていたら、二審でも死刑判決を受けて弁護士がサジを投げてから急に話が転がりはじめる。
 人まかせにするのはやめて自分で解決しようと妹が立ち上がり、いきなり<名探偵・芦川いづみ>の話となってしまうのです。それまで、たんなる不幸を増幅するための地味な妹役に過ぎないと想っていたからびっくり。

 この手の話はまずとにもかくにも有罪になるだけの証拠がそろっていて、それをあとからひっくり返すというふたつの関門がある。あたしはこの点で充分なる納得がいった作品をあんまり観たことがない。たいていは姑息なごまかしがある。
 たとえば『十二人の怒れる男』は無罪になるのももうひとつ釈然としないが、それ以前にいくら無能と云ってもなんで弁護士が矛盾点に気づかないのかがどうにも引っかかる。
 『青春を返せ』のモデルとなったであろう実在のいろんな冤罪事件もよくこんな証拠や取り調べで有罪に持って行けたもんだと逆に感心するものばかりで、映画化しても事実関係を正すとか巨大な国家権力と闘うというよりは、詰まらない役人の保身の哀しさみたいなせこい話か、同じことだがカフカ的不条理劇にしかならない場合が多い。
 それがこの映画ではいくつも有力な証拠が揃っていて誠実なだけの弁護士・大滝秀治の力では有罪になるのも納得がいくし、それを素人娘・芦川いづみが執念だけでひっくり返すのもまた充分納得できる。とにかくへんな推理(想像)だけではなく、じつに3年間も歩き廻ってひとつひとつ脚で証拠を潰していくのがいい。「自分の眼で観て自分で確かめる」が合い言葉。酒びたりの元刑事・芦田伸介が揺り椅子探偵よろしく知恵袋としてついてはいるけどちょっとしたヒントをあたえるだけで、じつは芦田伸介のほうが芦川いづみに救われているというのもいい。
 咲き誇る美しい薔薇の園によってすべてが解決し、あーこれでお兄さんも死刑を免れて助かるんだなと明るい気持ちで観ていたら、芦川いづみの身にあっと驚く不幸が襲ってまたびっくり。それもストーリーときちんと噛み合っている。うーん、タイトルの意味はそういうことで主役は芦川いづみだったのか。あたしはこの期におよんでまだ長門裕之が主役とばかり想っていたよ。
 暗い社会派ドラマも探偵物語も、この大時代な少女小説的お涙頂戴ものを現代に成立させるための仕掛けだったのか!非常によくできてるのでしきりに感心する。見事に無駄のないぴっちり90分。かっちり30分ごとに話は急転回し、テンポも画調も合わせて変わる。じつにきっちり計算し尽くされている。
 唯一の難点は役の上でも現実でも27歳の芦川いづみが7年間の過酷な裁判を闘い抜いても20歳くらいに見えてしまうことだけど、泥臭く苦労する社会派ではなく凛々しく可憐に不幸に立ち向かう少女小説としてはこれでいいんだろう。最後はほんとの少女の如くの無垢に還って、それから・・・・・ああっ!

 ウェブ上でこの映画についてふれているのは芦川いづみのファンサイトだけだけど、あんたがたストーリーを間違えとるよ。明らかに社会派ものでもないし。あえて云うと、薄倖の天使・芦川いづみの寓話といった感じ。
 大時代な少女小説や少女まんがを現代に復活させるこころざしを抱く者がもしまだこの世にいるのならこれを観ろ。あたしはこれまでの3回の放映を全部観たけど、まだあと3回の再放送があるみたいで全部観るかも知れん。
 後に結婚する芦川いづみと藤竜也のたぶん初共演で、なかなかいい對峙をしている。ビデオ化もされておらず、映画ファンにもあんまり識られてないような気がするけど、これは名作。