絶望書店日記

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絶望書店主人推薦本
『冤罪と人類 道徳感情はなぜ人を誤らせるのか』
『冤罪と人類 道徳感情はなぜ人を誤らせるのか』

冤罪、殺人、戦争、テロ、大恐慌。
すべての悲劇の原因は、人間の正しい心だった!
我が身を捨て、無実の少年を死刑から救おうとした刑事。
彼の遺した一冊の書から、人間の本質へ迫る迷宮に迷い込む!
執筆八年!『戦前の少年犯罪』著者が挑む、21世紀の道徳感情論!
戦時に起こった史上最悪の少年犯罪<浜松九人連続殺人事件>。
解決した名刑事が戦後に犯す<二俣事件>など冤罪の数々。
事件に挑戦する日本初のプロファイラー。
内務省と司法省の暗躍がいま初めて暴かれる!
世界のすべてと人の心、さらには昭和史の裏面をも抉るミステリ・ノンフィクション!

※宮崎哲弥氏が本書について熱く語っています。こちらでお聴きください。



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2005/3/3  おいっ!マタンゴのあいつは堤義明だってよ

 日本映画専門チャンネルで、樋口真嗣が東宝特撮映画を語る特番をやってて、『マタンゴ』の暗黒面どろどろの登場人物たちは当時、六本木で派手に遊んでたグループが気に入らなくてそのまんまモデルとして使ってやったと本多猪四郎監督から直接聴いたとかいう話をしてた。
 ワイルド派でちょっと病的な作家が大薮春彦、いかにも良識派のようで結局ひとりだけ逃げ出してしまうヨットマンが堀江謙一、そして、金の力がなくなるとなんにもできなくなる一番情けない土屋嘉男の青年実業家が西武の堤義明なんだと。
 健全路線の本多猪四郎にあんな暗黒傑作映画を撮らせるまでの巨大なる負エネルギーを注ぎ込んだのが堤義明だったとは、国土を荒廃させた堤一族唯一最大の功績だな。金の力をバックとした堤義明の鼻持ちならなさには、『ゴジラ』を産み出すだけのエネルギーを監督に与えた戦火による国土の荒廃とビキニの水爆に匹敵する威力があったわけだ。

 こんな時局ネタとヲタク話が交差する面白げな話がウェブ上でまったく出てきてないのはどういうことよ。
 これほどおいしい話が沙魚川無腸女史のページにさえないやんか。
 まったく、ウェブの面々は同じようなくだらない話をぐるぐる廻しているだけで、こういう肝腎なことは取り揃えておらんな。それでいて、もうなんだかウェブは成熟し切ったかのような達観したようなことを云ったりもするからタチが悪い。
 あの毒キノコはとか、天本英世がやってたあの怪物はとかいくらでも膨らませようはあるだろうに。撮影に使ったキノコは餅に食紅塗ったものでずいぶんとうまかったらしいけど、とくに土屋嘉男は特別の注文を出して砂糖をまぶしてたらしいし。
 ほんとに唯一、3年前の2ちゃんねるの書き込みにひとつあるだけ。ここでは作家が石原慎太郎ということになってるけど、どちらも捨てがたいな。

 『マタンゴ』は1963年の封切りで、制作していた前年はちょうど堤義明が苗場スキー場と苗場プリンスホテルで一発当てた28歳の頃か。
 まだ六本木野獣会とかあった時代だけど、どんな面子とつるんでいたのか、水野久美のモデルが誰なのか、誰かきっちり裏を取ってウェブに上げといてよ。よろしく頼みます。
 キャライメージ的には義明よりも清二のほうがはまるところもあるので、本多監督か樋口真嗣が兄弟を取り違えてるような一抹の不安は残る。

 
 
  


2005/2/10  <メディア循環>は壊れる旧世界より來るべき新世界が問題のはず

 ライブドアの目的は社長さん自身がこうやってはっきりと述べているのに、なんで見当外れのおかしな分析をしている輩ばかりなんでしょうか。

「聖域化されているメディアのブランドを破壊するために、メディアを買うんですよ。
 まさにトロイの木馬。入っていって、中からボン!と壊しちゃう。もちろん、中に入った時点で、メディアが現在持っている聖域の力を利用して、我々のリーチを広げることには使いますよ。で、その後に、壊すんですよ。
 世間の人たちが「なんだ、聖域だと思っていたけど、そんなことはないじゃない」って感じることで、聖域化されていたパワーがなくなるわけですよ。思い上がっていたメディアの記者たちも、シュンとなっちゃうわけですよ。」
 「時代はブログる」(須田伸著、アメーバブックス)より抜粋。情報仕入れ先・ネットは新聞を殺すのかblog

 つまり、あたしが云うところの<メディア循環>を起こすのが最大の目的であるわけだ。だから、フジテレビだとか産経新聞だとかあんなものを手に入れて何の役に立つのかなんてこたどうでもいいわけだ。古いメディアが役に立たないことを証明して壊してしまって、次のメディアの時代を迎え入れるためだけに仕掛けるのだから。
 もっとも、壊そうとしているのはあくまで既存メディアの<神話性>で、役に立つものがあるのなら悦んで使わしてもらうつもりなのだろう。今回のウェブ上の分析で、既存のテレビ局や新聞社の役に立たなさをきちんと前提としている方々も、唯一役立つものがあるとしたらそれは記者クラブへの通行権だということで一致しているみたいだし、上のインタビューを読む限りホリエモンもそれを想定しているのだろう。
 しかし、これこそまさしく神話に過ぎない。あんなところに一次情報なんてもんはない。仮にあってもすぐに表に出るし、出さなきゃメディアとしては力にならないし、昔ならちょっと早めに入手することに意味はあったんだろうけど、各社の速報が並べて見られる時代にそんなものはなんの意味もない。

  ちょっと話は飛ぶけど、幼女レイプ被害者統計をアップしました。kangaeru2001氏も云っているように大幅に減っています。
 昨今のロリ犯罪談義の隆盛のなかでこんな基本的なデータを見たことがない。既存マスコミも、それを批判するウェブ上の面々も、一番基本の情報を持たずに想い付きで低レベルの言説を吐いているに過ぎない。無智なだけではなく、こういう情報を探し出そうともしていないところが情けない。
 ちょうどいまは去年の警察統計の発表時期で、各マスコミは警察の記者クラブでいただいてきた情報を元にいろいろ書いてるが、上の如きデータを見ておればいかに出鱈目な内容であるかすぐに判る。一次情報は記者クラブではなく、倉庫の中で埋もれている。しかも、誰でも手間さえ掛ければ入手できる形で。
 犯罪に関する情報は各年分断されてて、犯罪白書にまとめられているのはその数パーセントに過ぎない。ほんとにおもしろい情報は依然として眠っている。
 あたしが「反社会学講座」なんかをまったくおもしろいと想わないのは、出来合の統計や分析を持ってきているだけでこういう掘り起こしをやってないからで、あたしが少年犯罪データベースでやろうとしていることと一見似ているようで根本的に違う。なにゆえ数字ではなく具体事例に力を入れてるかということにもつながるんだが。
 まあ、犯罪白書レベルの情報さえ持たずに出鱈目な妄想を撒き散らしている輩が多いのでこんなものにも一定の存在価値はあるのだろうが、もうひとつ深いものが欲しいところ。ウェブ上で偉そうに情報について語っているマスコミ人やら大学人やらは、まずこんな簡単なブツくらいはすべて掘り起こしてから一人前の口を利いてもらいたいもんではある。

 さて、新聞はもとより、テレビもただでさえ若いもんはあんまり見てないのに地上波デジタルやら著作権保護強化やら自ら滅びの道をまっしぐらで、NHKが受信料を払ってない者にスクランブルをかけて見せないなんてことをやらかせば本当に息の根が停まるのだけど、まあそこまで完全に潰滅せずとも勝手にこけてくれるのだからわざわざ内部に入り込んで壊す必要もないかと想われる。
 iPodの成功は既存のレコード会社とソニーが勝手に自滅してくれたことが要因の99%で、そこにそこそこいい別の選択肢を提示したから循環が起こったので、ジョブスが既成のシステムを壊したわけではないのだがなんとなくそんな風な構図になっている。既存のものを壊しても、どっちみちきちんと新しいものを用意していないといけないんだから、内部に入らず新しいメディアで正面からぶつかったほうが評価も高くなるし二度手間にもならずよろしいかと想う。
 既成のシステムの内部に入り込んでいると、へたすると滅ぶ側の者と見られるし、ジョブスもアウトサイダーの立場を保ったことが成功の一因となっているであろう。まあ、壊す者とそこから得られる果実を受け取って新たな世界を握る者が違うというのは歴史上おうおうにしてあることですが。
 つまり、壊したあとの新たなるメディアはまだまだみんなに平等に開かれている。
 既存メディアの<神話性>を壊すだけなら実際に買い取る必要はないし、おそらくそういうシナリオも用意しているのだろうが、しかし、ホリエモンは自分の弾だけでやってるわけではなく完全にコントロールできるわけではないのが最終的にネックとなろう。メディアはいかに<他者>を排して自分の好きなように出来るかにやはり掛かっている。
 前回ちょっと書き忘れたけど、「これからテレビ局を新しく創ってそれだけの視聴率が取れるのかあるいは取るためにコストがどれだけ掛かって回収できるのか」というのは話の前提として電通だとかその手の外部の邪魔者を排した上でできるかどうかということで、そんな横やりが相変わらず入るのならメディアなんか自ら持たないで下請けで制作していてもべつに同じわけですから。考えてみればテレビ局なんてあんなしがらみだらけのものがメディアとしてはともかく、よくもいままで商売として成り立っていたもんだ。
 既存のテレビ局やら新聞社やら手に入れてどうするのかなんてことを分析するよりも、時代に立ち会った者として考えねばならんことはほかにあるということです。
 果たしてそれはこんな流れの延長線上にあるのやらないのやら。

2/14追記
 あや?これを読むとホリエモンはいまわざわざ新聞を出す意味も、記者クラブについてもよく判ってるやん。ますます前回の文章を書くんじゃなかったな。
 ネット・ジャーナリズムとやらで騒いでた連中より、そんなのに興味のないホリエモンのほうがメディアのことをよく見通しているとはどういうことよ。だいたい、ネット・ジャーナリズムとやらの議論でこんな重要な情報をまっさきに伝えてくれてたらあたしもあんなの書かなかったのにと、ネットは新聞を殺すのかblogを見ると単に彼らも識らなかったみたい、ってなんじゃそら。世の中どーなっとんの。


2005/1/2  発信者より受け手のほうがウェブ的と改めて

 世間ではネット・ジャーナリズムとやらの議論がお盛んなようで、それはそれで大切なことでもあるんでしょうが、すぐれた書き手は本でも新聞でもネットでもいろいろ勝手にやっていくことでしょうから、あんまりウェブ特有の話でもない。
 新聞や雑誌は売れなくなって、とくに新聞はいまどきあんなものを読んでくれる呑気な団塊世代の消滅とともに業態を変えざるを得ないでしょうから切り捨て決定済みの末端の記者さんなんかには死活問題なんでしょうが、ウェブ全体の、あるいはウェブの本質的な話としてみなさんが興味を持ったりするのはあんまり健全なことではないと愚考します。
 ちょっとだけ触れておきますと、不思議だったのはウェブは儲からないとか視聴率で見ると2ちゃんでさえ1.6%程度とかいう話があったことで、もし新聞が儲かるのなら新しく新聞社を起こせばいいし、これからテレビ局を新しく創ってそれだけの視聴率が取れるのかあるいは取るためにコストがどれだけ掛かって回収できるのかが問題のはずで、どうも比較対象がおかしいしウェブかどうかは関係ない。
 既存のマスコミが硬直しているとか食い扶持が減るとかこれからジャーナリストとして売り出したいとかいう話はウェブ云々と関係なく、まず新しく新聞社なりテレビ局なりを起こして自分でメディアを握って解決するのがスジで、それは金や手間が掛かり過ぎて事実上不可能、それなら飼い犬としてなんとかしがみついて定年まで堪え忍ぶか、あるいはネット・ジャーナリズムとやらはとりあえず金は掛からんから可能かもって話になってるはずなのになにやら議論が転倒しておる。
 あたしは新しい新聞社がこれから出てくるべきだと考えておりまして、たとえば政治経済専門のフリーペーパーをこさえて特定の駅で通勤客にただで配るなんてことをやらかせば、電車に吊り広告を出して携帯向けブログを発信するなんてよりも商売としても廻る可能性があるやも知れんし、影響力も持てるやも知れん。
 駅売り新聞を駆逐してしまえるのならその広告はどこかに移るんだから、漫然と変化を待ってるよりもてっとり早いし、無料でも駆逐できない内容なら元から議論するほどのことではなくなる。既存のブログの記事でも買い集めて誰かやってみませんかね。あるいは既存の新聞の記事の間違いをひとつひとつ指摘する内容をその日に配るとか。
 いや、べつに普通の新聞でもいいんですが、新しく起こせば<スーツ>を排して自分でメディアを握って自分の責任で好きなように書ける。紙か電子かは関係なくこういうメディアのありようが問題なわけで、なにやら新しい機能が問題のように受け取られるウェブでやるより新聞でやるほうがはっきりしますので。

 それはさておき、あたしはこんな少数の発信者のことよりもウェブ特有の話として受け手の方に興味があります。
 2002/9/25 平均寿命23歳も、本や博物館でこんな莫迦なことを云ってますよという発信者側のことを問題にしているのではなく、こんな莫迦な話を鵜呑みにしている方々がいっぱいいることが検索してみるとはっきり判る、まったく便利な世の中になったもんだなあということが一番云いたかったのでした。情報の受け手の脳内をこれほどまとまった数で覗くことはウェブが生まれる前には不可能だったのですよ。
 2001/9/29 誰かがサボってるも、海外のすぐれたサイトから情報をいただいてきてジャーナリズムをやりましょうというよりも、ごく普通の方々の意識がどのあたりにあるのか、地図を描くための基礎データが欲しいという話なのです。
 海外のすぐれたブログやおもしろブログなんかを紹介するサイトはいっぱいできましたが、私の欲するものはないようです。あれほどお願いしておいたのに、中東の普通の方々のブログは誰も教えてくれんし。国内のブログでもごく普通の方々の意識をまとめたようなサイトはありますでしょうか。
 トラックバックを辿って複数のブログにまたがる議論をツリー状に表示するプログラムなんかはあって、順番に議論を読むには便利ですが、もっと大きく人々の意識の分布が判るようなひとつの議論に対するブログの鳥瞰的な相関図、あるいは個々のブログなんかは関係なくそれぞれの読者数を元にしたウェブでの意識分布が色の違いで一目で判る分子運動図なんてのが早く欲しいところです。それも時々刻々とリアルタイムで色の分布が変転していくものであったなら。
 もちろんこんなものができたならそれに影響されて自分の記事を変えたり、情報操作する輩も出てくるでしょうが、それこそ時代が変わったことが実感できるというもので。
 企業や政府は人々の意識を掴むためにブログなんかをどの程度調査しているのでしょうか。ジャーナリズムなんてことよりも、ハリ・セルダンの心理歴史学の基礎データみたいなものとしてのウェブのほうがあたしには興味がある。絶望書店日記では一貫してこのことを述べてきたのでした。
 ハリ・セルダンの理論では観測対象の人々が心理歴史学の仕組みを識らないことが心理歴史学成立の要件となっておりますが、こんな前提はおかしいので、皆がスコアボードを見ながら陣地を取り合うほうがおもしろいというもの。もちろん政府にもプレイヤーのひとりとして参加してもらって。

 全体の地図を描くのは道遠しでありますが、とりあえず有力ブログはコメント欄に愚にも付かない書き込みをしてもらうよりもその方々にトラックバック先のブログを分類してもらったり、あるいはトラックバックに賛成か反対かくらいは表明する機能を持たせないことには意味付けウェブなんてのはとても辿りつけんけど、この手の取り組みはどうなっているのでしょうか。
 今月からテクノラティとかいうのがアメリカさんからやってきて、個々のブログの位置付け機能も多少はあるそうなんですが、あちらさんのサービスに頼るのはいささか情けない。どうせなら暇な方々に数えたり分類したりしてもらう作業をいかにしたらやってもらえるのか摸索したほうがいいような気がします。こういう受け手にどうやって行動を起こさせるかを実験するにもウェブは判りやすいですから。ポイントを出せばそれだけでいいような気もするのですが。

 もちろん、ネット・ジャーナリズムやブログを巡る議論には受け手のことも含まれてはいるのですが、改めてちょっと強調しておきたかったのと、ジャーナリストやら学者やらブロガーやら偉そうにウェブやら情報について語っている方々がちょっと手間を掛ければ数えたり分類したりできるものをやらずに適当な印象だけで見当外れのことを発信しているのではと、昔の事件や統計なんかをデータ化していてつくづくと想ったものですから。
 いかに膨大な量でもやってみればなんとかなるもんで、どうせウェブやらについてあれこれ語っているような輩は暇人なんだし。

1/3追記
 あや?これをアップした直後に「ソウルの地下鉄では無料新聞が大人気」なんてな記事がヤフーに出とるやんか。韓国のことなんか識らんかった。こんなの書くんじゃなかったな。お恥ずかしい。
 正月早々シンクロニシティーにしてやられるの図。


2004/11/16  ウェブが旧メディアを凌駕する歴史の転換点を示すひとつのやり方

 ようやくにして少年犯罪データベースはてながはじまりました。コメントなりトラックバックなり大いにやっていただければ幸い。
 ぐずぐすしているうちに、はてながなんか妙な具合になっておりますが、いろいろ検討してkangaeru2001氏は住所登録はせずに、登録抹消されたらよそに移るということになりました。もともと、あちこちのコミュニティーにアップする予定だったのですが、そんなやりかたをうざいと感じる方もおることでしょうし、むしろいい口実ができたと想っておったら、またもやはてなの方針が揺らいでいるようで困ったもんです。

 いま少年犯罪データベースがあるサーバでMTなんかのブログを独自にやるのでなくコミュニティーに押し込むというのは、少年犯罪に興味のない方にも見ていただきたいということでして、そもそもkangaeru2001氏もあたしも少年犯罪など興味はなく、情報というものの根源、従来のメディアに対するべきウェブのありかたに関わる祕鑰がここにあるのでないかと考えてこういうことをやっています。
 協力していただいている方もすべて少年犯罪などには興味なく、その方面の専門家はただ問い合わせをしてくるだけでデータ作成などには1人も参加せず、またほとんどの方は問い合わせさえせずに何の基本的情報も持たないまま少年犯罪について偉そうに語っていたりします。
 はたまた、昔のほうが少年犯罪は多かったと云う方も、昔は少年犯罪は報道されなかった、少年のことを考えてむしろ隠されたというようなことをのたまったりすることがありますが、これは明らかに間違いです。いまほど連日大騒ぎするということはありませんが、少なくとも発覚したときの第一報は「子供が人を殺した!」とでかでかと出ます。
 恐るべき事にみんなそんな情報はきれいに忘れてしまうのです。どうしてこんなことが起きるのか。
 例えば、昭和52年(1977).10.13〔2歳女子がカミソリで赤ちゃんの顔を切り刻み殺害〕なんてのも各紙大きく扱われてますが、いま覚えている方ははたして幾人いることでしょうか。この時代に新聞を読んでいたであろう周りの人に訊いてみてください。いったい新聞報道とはあれはなんであるのか。
 一家何人皆殺しなんて事件は少し前まで頻繁にあったのに、見事にすべて忘れ去られ、めっきり無くなってしまったいまになってこの手の事件が記憶から去らなくなって治安が悪化したとか考えるのはなにゆえなのか。ほんとはすべての犯罪をあつかいたいのですが、とても手が回りませんからとりあえず少年犯罪限定でやっているということで。
 情報と記憶とウェブを探る手がかりになれば。失われてしまった記憶をこういう手段によって多くの人々が取り戻すことに仮になれば、それはウェブが従来のメディアを凌駕して世の中を動かしたという明確なひとつの顕れになろうかと。大統領選に影響をあたえるなんてことよりも、こっちのほうが遥かに大きいことだとあたしは考えていますし、メディアの本質を示すことであると想っています。
 歴史の転換点を判りやすい形で示すには、やり方はいろいろあると想いますが、そのひとつとして。中身は旧来のメディアのものに過ぎないというのが、マクルーハンのメディア進化理論に則していてなかなかよろしいかと。
 なんせこれだけの量を示すのは本でも新聞でもテレビでも不可能ですから。昔の少年犯罪に詳しい方が拠り所にしている『青少年非行・犯罪史資料』もあれだけ分厚くても重要事件をほとんど落としていることが、この作業を通じてはっきりと判りました。

 考えてみれば少年犯罪データベースはてなに限らず、ブログは従来のメディアからの情報を元にしているに過ぎないといった話もマクルーハン理論に則しているわけで、やはり恐るべきおっさんではある。
 ただし、次々と新しい情報を追っかけていくだけという<形式>までもが旧来のメディアと同じであるのなら、メディア進化とは云えないわけで。

 データは少しづつ移していって、最終的には80年分ほどがアップされる予定ですが、これだけの分量をあつかう世界で初めてのブログになるような気がしますが、どうでしょうか。すでに何百年分の歴史を綴ったブログなんてものもあるのでしょうか。
 考えてみれば、あたしはブログ事情にすこぶる疎い。同じ規模のものが他にあるのならぜひ教えてください。
 これだけの分量になると従来とは違った見せ方をしないとどうしようもない。なんというか、立体的な構築でないと。
 これから数年経って、十年以上ブログを続ける方が出てくると同じ悩みを抱えることになるのと想います。つまり、この少年犯罪データベースはてなを使って新しいウェブ形式を一足先に見出しておくと、次代のウェブはあなたのものになります。ぜひこのデータを使用していろいろ実験していただければ。
 世の中では新しい形式の検索システムだとか、三次元ユーザーインターフェイスだとかの試みが盛んのようですが、こういう具体的なものの解決を謀ることによって構築していくほうが簡単であるかと存じます。
 もっとも、何年も前の過去ログを読み直すほどの価値を持ったブログがほかにあるかどうかははなはだ疑問ではありますが。グーグルかなんかで引っ掛かって偶然読むくらいがちょうどいいかも知れません。
 少年犯罪データベースはてなはすべて読み返すだけの情報価値があると想ってますので、もうちっと有機的な構造にしたい。
 とりあえず、いま読んでいる年のタイトルがサイドに並ぶくらいのことはやりたいです。最新タイトルなぞ、まったく意味がありませんから。あと過去の日付でも新しくアップされたものはまとめて表示されるとか。
 プログラミングなど判らんあたしには手に負えませんので、どなたかよろしくお願いいたします。

 ほんとはオープンソースコミュニティー的なものでジャスラックの代わりをやってしまうとかいうほうが、ウェブが従来のメディアを凌駕して世の中を動かしたという歴史の転換点を示すに相応しいことなんでしょうが、あたしはあたしのできることをやるしかないし、また最初からそんな完成型みたいなことは無理でちょっとしたことからはじめなければならないのも、これもまた歴史が示していることであります。


2004/9/28  <メディア循環>は誰が起こすか?

 面倒だから原文は読んでないのだけど、ここにある日本語解説の部分だけ見ると、ティム・オライリーがこれからのオープンソース・コミュニティに期待することは、以前にあたしが2003/7/26 <メディア循環>は起こっているのか?に記したようなもんらしい。
 まあ、そうだろな。たぶんあたしが識らないだけでこんなことは前から云ってたんだろけど、あちらの動きを紹介する方々はこういう部分をしっかり日本語化してくれんと横文字に弱いあたしが困る。

 <メディア循環>は、いよいよいつ起きるかではなく誰が起こすかの問題になってきたということだ。いや、大企業が起こすのなら本質的な循環にはならんと云ったほうがよいか。
 レッシグの新しい本でこんなことは論じられているんだろうか。杉並図書館にはいまだに入らないので読んでないのだけど。もう、みなさん飽きてしまってリクエストも出しておらんのだろうな。いくら杉並図書館の予算が減らされたとは云え、あの手のかしこそうで新しそうな本は2人もリクエストを出せば入るでしょうから。
 コンテンツの自由の確保を最優先させなければいけないなどという風潮を一時的にもせよ広めて、流通経路、つまりメディアの自由の確保の重要性から眼を逸らせていたので、これは良い傾向ではある。まさしく、あれこそスーツの手先だった。

 ソフトがコモディティ化(どこでも手に入るありきたりの日用品化)して、かつてハードの世界でデル社が自分では何も作らずにどこでも手に入る有り物の部品を買ってきて組み立てただけで最強のパソコン会社になったようなことが起これば、たしかにオープンソースでソフトなんか作ってても力と自由は確保できない。メディアのほうを抑えなければ。
 グーグルにすべてを握られたら、発生する問題はグーグル八分なんて皮相的なことだけでは済まなくなってくる。
 しかし、解説を読む限りでは、オライリーはお友達帳や予定表を確保しろと云っていて、これはまあ巨大企業に自分のデータを渡さない守りの姿勢としては判るけど、攻めていってほんとにメディアを抑える武器としてはしょぼ過ぎる。コンピュータープログラムがコモディティ化して、メディアを抑えるとなると、やはりコンテンツが重要になってくる。レッシグもここまで踏まえたうえでコンテンツのことを語っていれば評価できるのだが。
 あたしは一応そんなとこまで考えて、よそさんのところのデータ作成に掛かりっきりになっているのだけど、考えてみれば絶望書店主人にしかできない絶望書店の構築をほったらかして、誰にでもできるはずのデータ作成をやるというはおかしな話で、これはメディアの重要な要素であるシステム運用の問題と関わってくる。うまく人を操れていないということで。
 オライリーはオープンソース・コミュニティに「ソーシャルソフトウェア」をP2Pでやれと云ってるけど、これはつまり運用の問題はうまい具合にスルーしろということなのか。運用がなくてメディアが成り立つのか。メディアとはハードやソフトのように使われなくても一応そこに存在する物体ではなく、人々を動かしてこそ初めて成立するものではあるのだが。
 利用者も身内ばかりなら、それはメディアではなくて大企業から逃れるためのシェルターに過ぎんが、そんなものをイメージしているのだろうか。

 iTunesミュージックストアができる前に既存のレコード会社だけではなくオープンソース・コミュニティなんかもあの手のものを成立させられなかったのは、コンテンツの問題も大きいけど、運用の問題も大きいと想われる。
 いまだにiTMSに期待を抱いている輩ばかりだし。既存のレコード会社よりもうまくやる分だけやっかいな存在になるはずで、上陸していない日本は今こそ千載一遇のチャンスのはずなのだが。

 ところで、1年前にオライリーがソフトのコモディティ化についてぶちあげた時、スラッシュドットでのそれに関する議論を読んだんですけど、将来的なソフトのコモディティ化はおろか、すでに起こったハードのコモディティ化についてさえみなさん本質を理解していないみたいでびっくりしました。ここは一応プロのプログラマーやオープンソース・コミュニティに属しているような方のいるところだと想っていたのですが、日本のレベルというのはこんなもんなんでしょうか。あたしがスラッシュドットを読んだのはこの時だけなのでよく判らんのですが。
 同じ頃の2ちゃんの厨房が集まるような板での議論は、さすがにハードのコモディティ化くらいはきちんと踏まえて展開されていたのですが、どうなっているんでしょうか。



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